2011年10月3日月曜日

初冠雪



北の大地へ来て早2週間。
ここでは雪のシーズンを迎えようとしています。


昨日から山岳地帯では雪が降り、石狩連峰も雪化粧となった。
本州の3000m級の山の気温が早めに訪れる感覚。


散歩がてら午前中から車でシュナイダー口を目指すも、通行止めの為断念。
林道を往復2時間程歩き、日当たりの良いところで弁当を食べ、
ニペソツ山への林道を偵察し終了となった。
(ニペソツ方面の林道は数キロあたりから積雪があり、当然ながら普通車では厳しい)


林道の途中からユニ石狩岳~三国峠方面を望む


日中でも0度近く、さすが北海道と言う印象を受けたが、
この寒さも序の口ということになるのでしょう。

関東出身者には堪えるが、この透明感は素晴らしい。

2011年9月26日月曜日

国道273号



こちらに来てから2回目の休日。
今日は昼から走りに出かけた。


北海道はあっという間に距離が稼げるし、走っていても気分が良い。

糠平から三国峠へ抜ける国道247号線にて


3組の自転車ツーリストに遭遇。
もちろん手を振ってご挨拶。
みんなパニアバック4個つけて旭川方面から来ていた。


そろそろ山では雪の便りも聞かれる頃。
今のうちに堪能しておかなければ。


<今日の格言>

コンビが安易にあると思うな北海道。

(補給食は携行必須!)


2011年9月14日水曜日

自転車優先

フェリーは新潟〜小樽はだいぶ前に車で乗ったけど、自転車は初。
自転車は一番初めに案内されるので、
部屋も風呂も一番。
部屋は安いがリッチな感じ(笑)

モーターサイクルは多いけど、自転車は俺だけみたい。

大洗

さすがに東京に近い水戸街道は走る気しなかった。
水戸まで輪行。

大洗までは駅から10km程。
今日は海の近くでも暑いや(汗)

乗船まで公園でビール。
美味い!

2011年9月13日火曜日

北へ



ひょんなことから念願の北海道へ。

仕事もありつけたので定住。



小樽のレース(1995年?)か、ガイドの仕事で知床行って以来だから10数年振りだ。



フェリーに乗ってツーリングしながらのんびり現地入り。



さらば東京!




2011年5月19日木曜日

価値観



震災以降、普通に何事も無かったかの様に見える人(もしくはそのように振舞っている人)と、
疑心暗鬼で暗中模索な気持ちを曝け出している人との二通りに見える。

私のように東京に居て直接大きなダメージを負った人でなくても、被災地や原発から送られてくるショッキングな情報に強烈な何かを感じたに違いない。

大切な人や今まで培ってきたものを失うことへの恐れ。
日常の大きな変化。将来への不安。
複合的で甚大な影響が日本を覆っている。

とにかく今もこれからも目の前のことを精一杯やるだけなのだが、
正直、あの日から自分の中で何かが変わった。

特に物欲が無くなった。



大枚叩いて組んだYETIもSALSAも乗っていない。

近所や都内に出かけるときはもっぱら95年に組んだMTBに乗っている。
安物だが自分で思うように作ったから当然だとは思うが使い勝手が良い。

カメラもデジタルのD90ではなくフィルムのF100ばかり使っている。
お陰で未現像の撮影済みのフィルムは溜まる一方だ。

最新だったり高機能だったり。
そういったものが全て良いと思って手に入れたわけではないが、少しはそういった節もあった。

でもサクッと買ってしまったものほど愛着は少ない気がする。
言葉では言いにくいが、自分が一番輝いていた時の記憶や経験は何事にも変えがたく、
その時の思い入れが物にも反映されている気がする。


自分に合うものが何かハッキリしてきたようなので、
必要ないものは処分することにした。

歳を重ねる毎に何かと背負うものが多くなるものだが、
私の場合は逆なので心配でもあるところ。。。

とにかく今は身軽でいたい。

それを元手に旅の計画中。
原点に帰ってのんびりツーリングか、徒歩で街道を行くか思案中。


1本の音楽 / 村田和人




何かを得るか。
何も得ないか。

楽しみだ。



2011年5月12日木曜日

角松敏生 OSHI-TAO-SHITAI (LIVE)

気持ちの変化のせいか、最近は昔の音源を引っ張り出してよく聴いている。

高校生1年生の時、初めて一人で行ったライヴが、角松敏生の「SEA IS A LADY」のリリースツアー。
まだ完成して間もない横浜アリーナだった。

10代の頃は、ある意味夏に全てをかけていたで、このアルバムへの思い入れは強かった。
こんな素晴らしい大人な音楽は女の子と一緒に聴きたいと思うのは自然な流れだったので、
好きな女の子の分のチケットも用意して誘ったものの。。。見事撃沈。。。
当時はバンドブームで同世代で聴いている人は殆ど居なかったしね。

仕方ないのでチケットは地元のファッションビルの「売りますコーナー」で売り出して、
20歳くらいのお兄さんがお買い上げで無駄にはならなかった。
LIVE当日に男二人で並んでいるのを思い出すと今でも笑えてくる。
お兄さんには帰りにカキ氷ご馳走になったっけ。

この「OSHI-TAO-SHITAI」は、ドラムやベース泣かせのリズムが素晴らしい。
角松バンドではこの曲が試験曲らしいという話も聞いた。

動画の演奏ではオリジナルよりラテン色が強調されていて、
LIVEならではの疾走感、臨場感、アレンジ、全て気持ちいい。


自分の中ではよい意味で角松敏生はこの時代のまま止まっている。
僕自身も中身は1987年から成長してないのかも。